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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)143号 判決 2000年5月31日

原告

紫香楽教材粘土株式会社

代表者代表取締役

【A】

原告

日本フイライト株式会社

代表者代表取締役

【B】

上記両名訴訟代理人弁護士

松村信夫

和田宏徳

中島純一

被告

松本油脂製薬株式会社

代表者代表取締役

【C】

訴訟代理人弁護士

叶智加羅

東谷宏幸

同弁理士

【D】

主文

特許庁が、平成9年審判第4513号事件について、平成10年3月27日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた判決

1  原告ら

主文と同旨

2  被告

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告らは、名称を「軽量粘土」とする特許第2117876号発明の特許権者である(以下、この特許及び発明を、それぞれ「本件特許」、「本件発明」という。)。本件特許の出願から設定登録までの経過は次のとおりである。

昭和63年11月1日 出願

平成元年6月5日 手続補正(審決記載の「第1回補正」、以下「第1回補正」という。)

平成2年5月10日 出願公開

平成5年11月25日 手続補正(審決記載の「第2回補正」、以下「本件補正」という。)

平成6年9月7日 出願公告

平成8年12月6日 設定登録

被告は、平成9年3月18日、原告らを被請求人として、本件特許につき無効審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成9年審判第4513号事件として審理したうえ、平成10年3月27日に「特許第2117876号発明の特許を無効とする。」との審決をし、その謄本は同年4月16日、原告らに送達された。

2  特許請求の範囲

(1)  願書に最初に添附した明細書(以下「当初明細書」という。)の特許請求の範囲の記載

熱可塑性重合体殻中に揮発性膨張剤を内包した熱膨張性粒子を加熱膨張させた微小中空球を主成分としたことを特徴とする超軽量粘土。

(2)  本件補正に係る明細書の特許請求の範囲の記載

粒子中に気体を内包する軽量微小素材を主素材とし、これに合成粘結剤と、馴合液材と、添加物とを加えて構成される軽量粘土において、上記軽量微小素材が粒径1~200ミクロンの微小中空球であり、その外殻が単一の空間を内包し、該外殻がアクリロニトリルないし塩化ビニリデンを少なくとも一成分とする共重合樹脂から形成されることを特徴とする軽量粘土。

3  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、(1)本件発明の要旨を本件補正に係る明細書の特許請求の範囲の記載のとおり認定し、(2)本件補正が、明細書の要旨を変更するものであるから、本件特許出願の日は、本件補正時である平成5年11月25日とみなすべきものであるとし、(3)本件発明が、特開平2-123390号公報(審決甲第3号証、本訴甲第6号証、以下「引用例」という。)に記載された発明と実質的に同一であるから、本件特許は、特許法29条1項3号の規定に反してなされたものであり、同法123条1項1号(平成5年法律第26号による改正前のもの)の規定により無効とすべきものであるとした。

第3原告ら主張の審決取消事由の要点

1  審決の理由中、本件発明の要旨の認定、引用例の記載をそのまま摘記した部分の認定(審決書15頁5行~16頁1行)、本件発明と引用例に記載された発明とを対比すると、前者が、外殻を単一の空間を内包するもののみに限定しているのに対し、後者が、該限定をするか否か不明である点でのみ相違するとの認定(同17頁3~7行)及び該限定は当業者が適宜選択設定し得る単なる設計事項であって、該点で両者に実質的な差異があるとは認められないとの判断(同頁7~9行)は認める。

審決は、本件補正が明細書の要旨を変更するものであると誤って判断した(取消事由)ことにより、本件特許出願の日が本件補正時である平成5年11月25日とみなすべきものであるとして、本件発明を引用例記載の発明と対比し、本件発明が引用例記載の発明と同一であって、本件特許は、特許法29条1項3号の規定に反してなされたものであるとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

2  取消事由(本件補正が明細書の要旨を変更するとの判断の誤り)

審決は、本件補正において、本件明細書の特許請求の範囲に、「合成粘結剤」、「馴合液剤」、「添加物」を記載した点、また、軽量微小素材の粒径として「1~200ミクロン」を、微小中空球の外殻を形成するものとして「アクリロニトリルないし塩化ビニリデンを少なくとも一成分とする共重合樹脂」を記載した点が、いずれも当初明細書の記載から自明であったとはいえないから、本件補正は明細書の要旨を変更するものであると判断したが、次のとおり、それは誤りである。

(1)  要旨変更の基準

本件補正については、平成5年法律第26号による改正前の特許法41条が適用されるところ、同条の「願書に最初に添附した明細書・・・に記載した事項の範囲内」であるとは、当初明細書に直接表現された事項のみならず、当初明細書に直接表現されていなくとも、その記載から見て、出願時に当業者にとって自明である事項もこれに含まれ、かつ、自明である事項とは、当初明細書に記載された技術内容を出願時に客観的に判断するとき、それに記載してあったことに相当すると認められる事項、すなわち当初明細書の記載から示唆される事項をいうものである。また、当初明細書から見て当業者に自明でない事項(発明的事項を含む)の補正をした場合であっても、それが参考的事項であって、これにより特許請求の範囲に記載された技術的事項が何ら実質的に変更されないときは、その補正は要旨変更ではないと解される。

(2)  「合成粘結剤」を記載した点について

「合成粘結剤」が本件補正により初めて記載された文言であり、これが、「カルボキシメチルセルロース(粉)」と「カルボキシメチルセルロース(粉)を典型例とするその他のもの」であること(審決書7頁17行~8頁7行)は認める。

審決は、この点について、「当初明細書には、『合成粘結剤』に代わり得る文言も見当たらず、該当する物質として『カルボキシメチルセルロース(粉)』の記載はあるが、『カルボキシメチルセルロース(粉)を典型例とするその他のもの』については示唆する記載もない。・・・当初明細書において、・・・該『その他のもの』があり得ることさえ示唆されていないことから、該『その他のもの』を含むことを明確に表明した『合成粘結剤』が当初明細書の記載から自明であったとは言えない。」(同8頁8行~9頁1行)と判断した。

しかしながら、「合成粘結剤」とは、主素材である軽量微小素材の結合を図り、粘性を出すための素材であるが、人工粘土の製造において、合成粘結剤として、「カルボキシメチルセルロース」の他に、「メチルセルロース」あるいは「ポリビニルアルコール」等の「カルボキシメチルセルロースを典型例とするその他のもの」を使用することは、本件特許出願当時、当業者に周知のことであった。

そして、本件発明の本質は、粘土の主素材として、従来は「シラスバルーン」等が用いられていたのを、「粒子中に気体を内包する軽量微小素材」を用いることにより、粘土の軽量化を図ったという点にあり、この新たな主素材以外の合成粘結剤、馴合液材及び添加物についての本件明細書の記載は、これまでの粘土についての汎用的技術要素を述べ、従来周知の事項を補足説明したものにすぎない。したがって、本件補正によって、「カルボキシメチルセルロース(粉)を典型例とするその他のもの」を含むことが明確にされた「合成粘結剤」との記載が追加されたとしても、当初明細書の技術的事項を実質的に変更するものではなく、要旨変更に当たるものではない。

(3)  「馴合液材」を記載した点について

「馴合液材」が本件補正により初めて記載された文言であり、これが、「水」、「常温水」、「油など水以外のその他のもの」及び「水にポリオールエーテル粉を添加し、攪拌分散させた水溶液」であること(審決書9頁6~10頁1行)は認める。

審決は、この点について、「当初明細書には、『馴合液材』に代わり得る文言も見当たらず、該当する物質として『水』、『常温水』、及び『常温水にポリオールエーテル粉を添加し、攪拌分散させた水溶液』の記載はあるが、『油など水以外のその他のもの』については示唆する記載もない。そして、従来、粘土に『油など水以外のその他のもの』を加えることが知られていたとしても、本件発明で特定される粘土にまでこれを加えることが当然のこととされていた訳ではないから、『油など水以外のその他のもの』を含む『馴合液材』が当初明細書の記載から自明であったとは言えない。」(同10頁2~14行)と判断した。

しかしながら、「馴合液材」とは、合成粘結剤の作用を助け、主素材、添加物などを馴合させるための液材であるが、人工粘土の製造において、馴合液材として、「油など水以外のその他のもの」を使用することは、本件特許出願当時、当業者に周知のことであった。

そして、本件発明の本質が、軽量微小素材を主素材として用いた点にあり、馴合液材についての本件明細書の記載が、これまでの粘土についての汎用的技術要素を述べ、従来周知の事項を補足説明したものにすぎないことは上記のとおりであり、したがって、本件補正によって、「油など水以外のその他のもの」を含む「馴合液材」との記載が追加されたとしても、当初明細書の技術的事項を実質的に変更するものではなく、要旨変更に当たるものではない。

(4)  「添加物」を記載した点について

「添加物」が本件補正により初めて記載された文言であり、これが、「香料や色素など」、「パルプ(繊維粉)」、「繊維粉」であること、当初明細書に、添加物として、「岩石粉」、「パルプ繊維紛」、「繊維粉」等の記載があること(審決書10頁19行~11頁17行)は認める。

審決は、この点について、「当初明細書には、添加される物質として・・・『香料や色素など』については示唆する記載もない。そして、従来、粘土に『香料や色素など』を加えることが知られていたとしても、本件発明で特定される粘土にまでこれを加えることが当然のこととされていた訳ではないから、『香料や色素など』を含む『添加物』が当初明細書の記載から自明であったとは言えない。」(同11頁15行~12頁4行)と判断した。

しかしながら、人工粘土の製造において、添加物として、「香料」や「色素」を使用することは、本件特許出願当時、当業者に周知のことであった。

そして、本件発明の本質が、軽量微小素材を主素材として用いた点にあり、添加物についての本件明細書の記載が、これまでの粘土についての汎用的技術要素を述べ、従来周知の事項を補足説明したものにすぎないことは上記のとおりであり、したがって、本件補正によって、「香料や色素など」を含む「添加物」との記載が追加されたとしても、当初明細書の技術的事項を実質的に変更するものではなく、要旨変更に当たるものではない。

(5)  軽量微小素材の粒径として「1~200ミクロン」を記載した点について

軽量微小素材の粒径「1~200ミクロン」が当初明細書に記載されていないこと(審決書12頁9~10行)は認める。

審決は、この点について、「この数値範囲が、従来、粘土に用いられる軽量微小素材の一般的粒径の範囲として良く知られた範囲内のものであるとしても、本件発明で特定される粘土の該粒径をこの数値範囲にすることが当然のこととされていた訳ではないから、この数値範囲が当初明細書の記載から自明であったとは言えない。」(同頁11~17行)と判断した。

しかしながら、この点の補正は、当初明細書において無限定であった軽量微小素材の粒径を、「1~200ミクロン」と数値限定したものであって、単に特許請求の範囲を減縮したものにすぎないから、当初明細書に記載した事項の範囲内における補正であって、要旨変更に当たるものではない。

また、軽量微小素材の粒径を1~200ミクロンとすることは、平成元年6月5日の第1回補正に係る明細書に記載されているから(なお、第1回補正は、本件特許出願に係る公開公報である引用例の頒布時より前になされたものである。)、仮に、該粒径として「1~200ミクロン」を記載した点が要旨変更に当たるとしても、本件特許出願の日を、本件補正時である平成5年11月25日とみなす根拠とはなり得ない。

(6)  微小中空球の外殻を形成するものとして「アクリロニトリルないし塩化ビニリデンを少なくとも一成分とする共重合樹脂」を記載した点について

該記載に関連するものとして、当初明細書に、該外殻が「熱可塑性重合体」、具体的には「塩化ビニリデン-アクリロニトリル共重合樹脂、酢酸ビニル-アクリロニトリル共重合樹脂、メチルメタクリレート-アクリロニトリル共重合樹脂」を主成分とすることが記載されていること(審決書13頁12~20行)は認める。

審決は、この点について、「この当初明細書の記載から把握できる共重合樹脂は、アクリロニトリルが共通であることから、せいぜい、『アクリロニトリルを少なくとも一成分とする共重合樹脂』であり、『塩化ビニリデンを少なくとも一成分とする共重合樹脂』までも読み取ることはできない。また、従来、『塩化ビニリデンを少なくとも一成分とする共重合樹脂』で外殻を形成した微小中空球自体が知られていたとしても、当初明細書に記載された目的・効果を達成するために、粘土にこれを用いることが当然のこととされていた訳ではないから、該点は当初明細書の記載から自明であったとは言えない。」(同14頁1~13行)と判断した。

しかしながら、上記のとおり、当初明細書に、微小中空球の外殻が「塩化ビニリデン-アクリロニトリル共重合樹脂」を主成分とすることが記載されていた以上、「塩化ビニリデンを少なくとも一成分とする共重合樹脂」が当初明細書に含まれていたことは明らかである。

また、「熱可塑性重合体」に、「塩化ビニリデンを少なくとも一成分とする共重合樹脂」が含まれることは、本件特許出願当時、当業者に周知のことであったから、本件補正によって、「塩化ビニリデンを少なくとも一成分とする共重合樹脂」との文言が追加されたとしても、単に従来周知の事項を補足説明したものにすぎない。

したがって、この点の補正が要旨変更に当たるものではない。

(7)  以上のように、本件補正が明細書の要旨を変更するものであるとした根拠となる各点についての審決の判断は、いずれも誤りであるから、本件補正が明細書の要旨を変更するものであるとする審決の判断も誤りである。

第4被告の反論の要点

1  審決の認定・判断は正当であり、原告ら主張の取消事由は理由がない。

2  取消事由(本件補正が明細書の要旨を変更するとの判断の誤り)について

(1)  要旨変更の基準について

特許請求の範囲の補正が要旨変更に当たるか否かは、当該補正が当初明細書の記載から見て、当業者にとって自明な事項であるかどうかという基準によって判断されるが、かかる自明事項であるかどうかということと、その発明の属する技術分野において周知事項であるかどうかということとは、問題を異にし、たとえ周知事項であっても、それが自明事項であるかどうかは、当該発明の目的との関係において判断されるべき事柄である。

しかるときは、本件発明が、広く「粘土」に関するものではなく、「軽量粘土」に関するものであるから、補正事項が当初明細書の記載から見て自明といえるためには、それが粘土の技術分野において周知技術であるだけでは足りず、「軽量粘土」の発明の目的・効果との関係において判断した場合に、その事項自体が記載してあったことに相当すると認められなければならず、「軽量粘土」の発明の目的との関係で、補正された事項が周知かどうかが判断されるべきものである。

(2)  「合成粘結剤」を記載した点について

原告らは、「合成粘結剤」が、主素材である軽量微小素材の結合を図り、粘性を出すための素材であって、人工粘土の製造において、合成粘結剤として、「カルボキシメチルセルロース」の他に、「メチルセルロース」、「ポリビニルアルコール」等の「カルボキシメチルセルロースを典型例とするその他のもの」を使用することは、本件特許出願当時、当業者に周知のことであったと主張するが、原告らが述べるような機能を持つ素材を「合成粘結剤」ということが、本願特許出願時において、「軽量粘土」の技術分野において周知であったとする根拠はなく、「合成粘結剤」として「カルボキシメチルセルロースを典型例とするその他のもの」が「軽量粘土」の技術分野において周知であったということもできない。

また、原告らは、本件発明の本質が、粘土の主素材として「粒子中に気体を内包する軽量微小素材」を用いることにより、粘土の軽量化を図ったという点にあり、この新たな主素材以外の合成粘結剤、馴合液材及び添加物についての本件明細書の記載は、これまでの粘土についての汎用的技術要素を述べ、従来周知の事項を補足説明したものにすぎないとも主張するが、原告らの主張によれば、「合成粘結剤」は、主素材である軽量微小素材の結合を図り、粘性を出すための素材であるから、本件発明における軽量化という目的が、軽量微小素材の存在のみによって達成されるということはできず、合成粘結剤や、さらに馴合液剤、添加物により影響されることが明らかである。

(3)  「馴合液材」を記載した点について

原告らは、「馴合液材」が、合成粘結剤の作用を助け、主素材、添加物などを馴合させるための液材であって、人工粘土の製造において、馴合液材として、「油など水以外のその他のもの」を使用することは、本件特許出願当時、当業者に周知のことであったと主張するが、原告らが述べるような機能を持つ素材を「馴合液材」ということが、本願特許出願時において、「軽量粘土」の技術分野において周知であったとはいえず、「馴合液材」として「油など水以外のその他のもの」が「軽量粘土」の技術分野において周知であったとすることもできない。

また、原告らは、本件発明の本質が、軽量微小素材を主素材として用いた点にあり、馴合液材についての本件明細書の記載が、これまでの粘土についての汎用的技術要素を述べ、従来周知の事項を補足説明したものにすぎないとも主張するが、上記のとおり、本件発明における軽量化という目的が、馴合液剤等によって影響されることは明らかである。

(4)  「添加物」を記載した点について

原告らは、人工粘土の製造において、添加物として、「香料」や「色素」を使用することは、本件特許出願当時、当業者に周知のことであったと主張するが、「軽量粘土」に「香料や色素など」を「添加物」として加えることが周知であったとする根拠はなく、また、「香料や色素など」の添加物が、本件発明の目的・効果と無関係であると断定することもできない。

(5)  軽量微小素材の粒径として「1~200ミクロン」を記載した点について

原告らは、この点が、当初明細書において無限定であった軽量微小素材の粒径を、「1~200ミクロン」と数値限定したものであって、単に特許請求の範囲を減縮したものにすぎないから、当初明細書に記載した事項の範囲内における補正であって、要旨変更に当たるものではないと主張するが、当初明細書に数値限定のない発明について、数値限定を新たに加える補正は、当初明細書の数値限定をさらに減縮する補正とは異なり、新たな構成要件の付加に該当するものであって、当然に当初明細書に記載した事項の範囲内における補正といい得るものではない。

また、原告らは、軽量微小素材の粒径として「1~200ミクロン」を記載した点が、第1回補正に係る明細書に記載されているから、これが要旨変更に当たるとしても、本件特許出願の日を、本件補正時である平成5年11月25日とみなす根拠とはなり得ないと主張するが、それだけの理由で審決が違法であるとすることはできない。

(6)  微小中空球の外殻を形成するものとして「アクリロニトリルないし塩化ビニリデンを少なくとも一成分とする共重合樹脂」を記載した点について

原告らは、「熱可塑性重合体」に、「塩化ビニリデンを少なくとも一成分とする共重合樹脂」が含まれることが、本件特許出願当時、当業者に周知であったと主張するが、軽量粘土の微小中空球の素材として、「塩化ビニリデンを少なくとも一成分とする共重合樹脂」が本件特許出願時に周知であったとする根拠はない。

また、本件発明の目的の達成に、微小中空球の外、合成粘結剤や馴合液材が関与することは上記のとおりであるから、本件発明において微小中空球の素材が「塩化ビニリデンを少なくとも一成分とする共重合樹脂」であるか、「アクリロニトリルを少なくとも一成分とする共重合樹脂」であるかが、合成粘結剤や馴合液剤との関連性を無視して、本件発明の目的・効果と無関係であるとすることもできない。

(7)  以上のとおり、本件補正が明細書の要旨を変更したものであるとする審決の判断に誤りはない。

第5当裁判所の判断

1  取消事由(本件補正が明細書の要旨を変更するとの判断の誤り)について

(1)  本件補正について適用される平成5年法律第26号による改正前の特許法41条は、「出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前に、願書に最初に添附した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において特許請求の範囲を増加し減少し又は変更する補正は、明細書の要旨を変更しないものとみなす。」と定めるところ、ここでいう「願書に最初に添附した明細書又は図面に記載した事項の範囲内」には、必ずしも明細書に直接表現されていなくとも、明細書の記載からみて、出願時に当業者にとって自明である技術的事項もこれに含まれるものと解される。そして、そのような自明である事項に当たるというためには、その事項自体が、その考案の属する技術分野において周知の技術的事項であって、かつ、当業者であれば、その発明の目的から見て当然にその発明に適用できるものと容易に判断することができ、その事項が明細書に記載されているのと同視できるものであることを要するものと解すべきである。

そこで、まず、当初明細書の記載に基づき、本件発明の目的・内容等について検討する。

当初明細書(甲第3号証添付)には、前示のとおり、「熱可塑性重合体殻中に揮発性膨張剤を内包した熱膨張性粒子を加熱膨張させた微小中空球を主成分としたことを特徴とする超軽量粘土」(特許請求の範囲)の発明が記載され、その発明の詳細な説明には、「従来の技術」として、「従来の工芸用や教材用等に使用される粘土は、岩石粉等の重い無機物の添加量が多いため、大きな構造物を作つた場合に、突出部が自重で変形したり、薄く延ばしたり細く伸ばしたりすることにより、折れ曲がる。・・・これらの欠点を解消するために、粘土の軽量化がなされている。すなわち、粘土の軽量化のためにシラスバルーンを主成分とした技術がある。」(同号証添付明細書1頁13行~2頁6行)との記載が、「発明が解決しようとする課題」として、「シラスバルーンを主成分とした工芸教材用等の粘土は、未だ岩石粉(重炭酸カルシウム、タルク、クレー等)を多く混合しており、また、シラスバルーンが製造工程中に容易に破砕されることが多く・・・粘土の軽量化に大きな妨げとなっている。また、シラスバルーンは、黄褐色の特有な色を有するために白色度の高い粘土が得られにくく、・・・本考案は上記課題に鑑み、充分な軽量化を実現し得るとともに、乾燥後の彩色に際し鮮明な色付けができる粘土の提供を目的とする。」(同2頁8行~3頁1行)との記載が、「実施例」として、「本発明に使用する熱膨張性粒子は、外殻が塩化ビニリデン-アクリロニトリル共重合樹脂、酢酸ビニル-アクリロニトリル共重合樹脂、メチルメタクリレート-アクリロニトリル共重合樹脂を主成分とし、内部に揮発性流体膨張剤としてプロパン・・・等の炭化水素を内包製造方法等は特公昭42-26524号公報に記載されたものである。本用途の場合は上記の粒子を加熱処理して膨張させた微小中球体を使用する。また、本発明の粘土においては、熱膨張性微小中空球を3~20部(重量部)、繊維粉を10~30部、カルボキシメチルセルロースを10~20部それぞれ粉末にして混合攪拌し、均一な粉末混合物とする。一方、常温水50~60部にポリオールエーテル粉を3~8部添加し、攪拌分散させた水溶液を作り、前記粉末混合物に添加して混練する。・・・本発明の実施例では具体的に、熱膨張性微小中空球12部、パルプ繊維粉18部、カルボキシメチルセルロース粉12部の粉末を混合攪拌し、・・・別にポリオールエーテル粉5部を常温水53部に分散し、・・・上記粉末混合物に添加し混練して製造した。粘土の製造工程中、熱膨張性微小中空球が特有の弾力性を有するため熱膨張性微小中空球が破砕されることもほとんどなかった。・・・熱膨張性微小中空球は、光を乱反射する性質があるので、白色度の高い繊維粉と混合することにより・・・極めて白色度の高い粘土が得られ、・・・シラスバルーンの代りに熱膨張性微小中空球を使用・・・することにより、シラスバルーンを使用した粘土のように撹拌混合するほど比重が増加するといったこともなく、粘土の全体重量を・・・押えることができ、」(同4頁9行~7頁16行)との記載がある。

これらの記載によれば、当初明細書には、従来の粘土の、重いという問題点を解決すべく、シラスバルーンを主成分とする軽量粘土があるが、撹拌混合によりシラスバルーンが破砕されて比重が増大することや、特有の色を有し、白色度の高い粘土が得られにくい等の問題が未だ存在するため、本件発明は、これらの課題の解決のため、シラスバルーンに代えて、「熱可塑性重合体殻中に揮発性膨張剤を内包した熱膨張性粒子を加熱膨張させた微小中空球」を主成分とする構成を採用したことにより、該微小中空球が、軽く、特有の弾力性があって、破砕されることもないため、粘土の全体重量を大幅に軽減するとともに、該微小中空球が、光を乱反射するため、白色度の高い繊維粉と混合して白色度の高い粘土を得ることができるとの作用効果を奏するものであるとの記載があることが認められる。

そこで、以下、本件補正が明細書の要旨を変更するものであると審決が判断するに当たって、その根拠とした事項について順次検討する。

(2)  微小中空球の外殻を形成するものとして「アクリロニトリルないし塩化ビニリデンを少なくとも一成分とする共重合樹脂」を記載した点について

便宜上、この点から検討する。

微小中空球の外殻を形成するものに関し、当初明細書の特許請求の範囲に、「熱可塑性重合体殻中に揮発性膨張剤を内包した熱膨張性粒子を加熱膨張させた微小中空球」との、特に種類を限定しない「熱可塑性重合体」とする記載があることは前示のとおりである。他方、当初明細書の発明の詳細な説明の実施例に係る記載中には、前示(1)のとおり、「本発明に使用する熱膨張性粒子は、外殻が塩化ビニリデン-アクリロニトリル共重合樹脂、酢酸ビニル-アクリロニトリル共重合樹脂、メチルメタクリレート-アクリロニトリル共重合樹脂を主成分とし、」との、3種類の重合体樹脂が挙げられているが、この記載が、単に、特許請求の範囲記載の「熱可塑性重合体」樹脂の具体例を例示したものであって、粘土の軽量化及び白色度の向上という本件発明の効果は、シラスバルーンに代えて用いる微小中空球が、軽く、弾力性を有していて粉砕されにくく、光を乱反射する性質を有することにより達成されるものであること、したがって、前示本件発明の効果は、用いるべき「熱可塑性重合体」が、微小中空球を形成できないとか、微小中空球を形成しても、シラスバルーンと同様、容易に破砕されるとか、呈色する等の特段の事由がない限り、その種類に格別左右されることなく達成されるであろうことは、当業者であれば、当初明細書の記載に基づき、技術的に自明のこととして理解するものと認められる。

被告は、本件発明における軽量化という目的の達成が、軽量微小素材(微小中空球)の存在のみならず、合成粘結剤、馴合液剤、添加物により影響されるから、これらとの関連性を無視して、該目的が、微小中空球の素材が「塩化ビニリデンを少なくとも一成分とする共重合樹脂」であるか、「アクリロニトリルを少なくとも一成分とする共重合樹脂」であるかと無関係である(すなわち、「熱可塑性重合体」の種類に左右されない)とすることはできないと主張するが、該主張は、当初明細書に前示(1)のとおり記載された本件発明の効果が、合成粘結剤、馴合液剤、添加物により具体的にどのような影響を受けるかという点、また、用いるべき「熱可塑性重合体」が、「塩化ビニリデンを少なくとも一成分とする共重合樹脂」であるか、「アクリロニトリルを少なくとも一成分とする共重合樹脂」であるかによって、具体的に本件発明の目的・効果にどのような相違が生じるかという点について、それぞれ主張、立証を欠くものであって、採用し得ない。

しかるところ、昭和55年10月15日第9刷発行の【E】外1名著「プラスチックの実際知識」(甲第19号証)及び昭和52年2月15日18版発行の【F】外2名著「工業化学基礎講座7 高分子工業化学」(甲第20号証)には、いずれも塩化ビニリデンを1成分とする共重合物が掲載されており、これらの文献がプラスチックの分野における一般的概説書であると認められることも併せ考えると、本件特許の出願当時、塩化ビニリデンを1成分とする共重合体樹脂が、当業者にとって周知であったものと認められ、また、これらの文献を含め、塩化ビニリデンを1成分とする共重合体樹脂が、微小中空球を形成できないとか、微小中空球を形成しても、シラスバルーンと同様、容易に破砕されるとか、呈色する等の事情が存することを認めるに足りる証拠は存在しない。

加えて、前示のとおり、当初明細書の発明の詳細な説明の実施例に係る記載中に例示されている3種類の重合体樹脂のうち、塩化ビニリデン-アクリロニトリル共重合樹脂は、塩化ビニリデンを1成分とする共重合体樹脂にほかならない。

そうすると、当業者であれば、本件発明の目的から見て、「塩化ビニリデンを少なくとも一成分とする共重合樹脂」が、微小中空球の外殻を形成する「熱可塑性重合体」として、本件発明に適用することができると判断することは容易であって、「塩化ビニリデンを少なくとも一成分とする共重合樹脂」は、当初明細書に記載されていたと同視できるものであると認めることができる。

被告は、本件特許出願時に、軽量粘土の微小中空球の素材として「塩化ビニリデンを少なくとも一成分とする共重合樹脂」が周知であったとする根拠はないとも主張するが、上如のとおりであるから、この主張も採用することができない。

したがって、審決が、「当初明細書の記載から・・・『塩化ビニリデンを少なくとも一成分とする共重合樹脂』までも読み取ることはできない。また、従来、『塩化ビニリデンを少なくとも一成分とする共重合樹脂』で外殻を形成した微小中空球自体が知られていたとしても、当初明細書に記載された目的・効果を達成するために、粘土にこれを用いることが当然のこととされていた訳ではないから、該点は当初明細書の記載から自明であったとは言えない。」として、本件補正において、微小中空球の外殻を形成するものとして「アクリロニトリルないし塩化ビニリデンを少なくとも一成分とする共重合樹脂」を記載した点が要旨変更に当たるとした判断は誤りであるといわざるを得ない。

(3)  「合成粘結剤」を記載した点について

審決の理由中、「合成粘結剤」が本件補正により初めて記載された文言であり、これが、「カルボキシメチルセルロース(粉)」と「カルボキシメチルセルロース(粉)を典型例とするその他のもの」であることは、原告らにおいて争わないところである。

しかして、当初明細書に、本件発明の構成上、軽く、特有の弾力性を有する熱可塑性重合体殻の熱膨張性微小中空球を粘土の主成分としたことが記載されていることは、前示(1)のとおりであるところ、かかる熱可塑性樹脂製の弾性体である該微小中空球自体は、粘性、可塑性ないし成形性、保形性、他の物体との接着性等の粘土に不可欠な特性を有していないことは技術常識であり、したがって、該主成分のみで粘土を構成することは不可能であり、本件発明は、該主成分に加えて、粘土に前示粘性等の各特性を付与し、主成分を粘結する機能を有する成分を当然含むべきことは、当業者において、技術的に自明なこととして理解されるものと認められる。

しかるところ、当初明細書の発明の詳細な説明に、実施例として、「本発明の粘土においては、熱膨張性微小中空球を3~20部(重量部)、繊維粉を10~30部、カルボキシメチルセルロースを10~20部それぞれ粉末にして混合攪拌し、均一な粉末混合物とする。一方常温水50~60部にポリオールエーテル粉を3~8部添加し、攪拌分散させた水溶液を作り、前記粉末混合物に添加して混練する。・・・本発明の実施例では具体的に、熱膨張性微小中空球12部、パルプ繊維粉18部、カルボキシメチルセルロース粉12部の粉末を混合攪拌し、・・・別にポリオールエーテル粉5部を常温水53部に分散し、・・・上記粉末混合物に添加し混練して製造した。」との記載があることは、前示(1)のとおりであり、カルボキシメチルセルロース(粉)については、さらに、当初明細書(甲第3号証添付)に、「カルボキシメチルセルロース粉の添加量が5部未満では粘土の可塑性が乏しくなり、20部を越えると手に付着し易くなり、造形が困難になる。」(同号証添付明細書5頁14~16行)との記載があって、これらの記載からすれば、カルボキシメチルセルロース粉の添加量が適正であるときは、粘土に必要十分な粘性、可塑性を与えること、すなわち、カルボキシメチルセルロース(粉)が、前示のとおり、本件発明が当然に含んでいるべき、粘性等の特性を有さない主成分の微小中空球を粘結する成分であることが理解される。したがって、当初明細書において、カルボキシメチルセルロース(粉)は、「粘結剤」あるいは「合成粘結剤」と称されてはいなかったにしても、そのように称することのできる成分として、具体的に記載されていたことが認められる。

ところで、特開昭54-153826号公報(甲第9号証)には、「温度70℃以上、加熱時間10分間以上で加熱処理脱水した粒度10~200メッシュの木粉・・・に、・・・繊維・・・を混合し、更に水溶性糊剤を加えて混練しつつ水を加えて針入度を100~350に調整することより成る木質粘土の製造法」(同号証特許請求の範囲請求項3)の発明が記載され、その発明の詳細な説明には、「糊剤を用いる主目的は接着であり、水溶性糊剤としてはCMC(カルボキシメチルセルロース)、MC(メチルセルロース)、α化デン粉などがある。添加量を1~10部としたのは1部未満では接着力が弱くなり、10部を超えると製品がベタツイて工作がし難くなるためである。」(同号証3頁右上欄2~7行)との記載があるところ、これらの記載によれば、当該木質粘土の製造法(木紛自体が、粘性等の粘土に不可欠な特性を有さないこと、したがって、該粘土も、主成分に加えて、粘土に粘性等の各特性を付与し、主成分を粘結する機能を有する成分を当然含むべきことは、技術常識上明らかである。)の発明における「水溶性糊剤」が、「接着」との用語を用いているものの、粘土の主成分である木粉を粘結する「粘結剤」と称されるべき成分であること、及び該成分として、カルボキシメチルセルロース以外に、メチルセルロースやα化デン粉などがあることが理解される。また、特開昭57-130080号公報(甲第14号証)には、「化学糊等の粘着剤を含んだ・・・造形用発色粘土」(同号証特許請求の範囲)の発明が記載され、その発明の詳細な説明には、「本例粘土1は、容積比で,焼成した火山灰25%、パルプセンイ20%、塩化コバルトの水溶液50%、メチルセルロースの合成糊料5%を配合して練り上げたものである。・・・粘着剤、増粘剤となる合成糊料の配合によって造形性のある化学粘土となっている。」(同号証2欄14行~3欄4行)、「化学糊等の粘着剤の成分は問わず、繊維素グリコール酸ナトリウムのセルローズ誘導体等種々のものとすることができる。」(同号証4欄12~15行)との各記載があり、これらの記載によれば、当該化学粘土の発明において、粘着剤・増粘剤と称されている化学糊あるいは合成糊料が、本件補正に係る明細書記載の粘結剤に相当する成分であって、その具体例として、メチルセルロースがあり、さらに、繊維素グリコール酸ナトリウムのセルローズ誘導体等種々のものもこれに当たり得ることが理解される。

そうすると、本件特許の出願当時、本件補正に係る明細書記載の「粘結剤」に相当する成分として、粘土の製造に使用することができるものとしては、一般に、カルボキシメチルセルロース以外に、少なくともメチルセルロースがあることは、当業者にとって周知の事項であったものと認められる。そして、前示(1)のとおり、本件発明の目的が、粘土の主成分として、シラスバルーンに代えて、熱可塑性重合体殻の熱膨張性微小中空球を用い、粘土の軽量化及び白色度の向上という効果を奏することにあることに鑑みれば、当業者が、当該粘結剤に相当する成分としては、カルボキシメチルセルロースの外に、一般に用いられるメチルセルロースも本件発明に適用することができると判断することは容易であって、「メチルセルロース」は、当初明細書に記載されていたと同視できるものであると認めることができる。

被告は、「合成粘結剤」として「カルボキシメチルセルロースを典型例とするその他のもの」が「軽量粘土」の技術分野において周知であったということはできないと主張するが、当初明細書(甲第3号証添付)及び本件補正に係る明細書(甲第5号証添付)の記載に照らして、本件発明が、粘土の軽量化を解決すべき技術課題とし、それを達成したことによって、明細書上、これを「超軽量粘土」あるいは「軽量粘土」と称していることは明らかであって、そのような「超軽量粘土」、「軽量粘土」が、一般の粘土と別個の性質・形態の粘土であるとされているわけではないから、補正事項が当初明細書の記載から見て自明といえるかどうかを、発明の目的との関係において判断すべきであるということは、特に「軽量粘土」の技術分野なるものを考慮すべきことを意味するものではなく、むしろ、本件発明において、軽量化を達成した具体的な技術手段と、該補正事項との技術的な関連性の有無・内容に着目すべきことを意味するものである。そして、かかる観点から見て、当業者が、粘結剤に相当する成分としては、カルボキシメチルセルロースの外に、一般に用いられるメチルセルロースも本件発明に適用することができると判断することが容易であって、「メチルセルロース」は、当初明細書に記載されていたと同視できるものであると認められることは前示のとおりであり、また、カルボキシメチルセルロースやメチルセルロースが、人工的に合成されるもので、「合成粘結剤」とも称し得るものであることも当業者にとって自明であると認められるから、被告の前示主張を採用することはできない。

さらに、被告は、本件発明における軽量化という目的の達成が、軽量微小素材(微小中空球)の存在のみならず、合成粘結剤、馴合液剤、添加物により影響されるとも主張するが、この主張が採用し難いことも前示のとおりである。

したがって、本件補正によって、本件明細書に「合成粘結剤」との記載をなし、カルボキシメチルセルロース(粉)の外に、「カルボキシメチルセルロース(粉)を典型例とするその他のもの」(例えばメチルセルロース)を含ましめたことが、明細書の要旨を変更するものということはできず(仮に、「粘結剤」ないし「合成粘結剤」との呼称自体が周知ではなかったとしても、その点が左右されるものではない。)、審決が、「当初明細書には、『合成粘結剤』に代わり得る文言も見当たらず、該当する物質として『カルボキシメチルセルロース(粉)』の記載はあるが、『カルボキシメチルセルロース(粉)を典型例とするその他のもの』については示唆する記載もない。・・・当初明細書において、・・・該『その他のもの』があり得ることさえ示唆されていないことから、該『その他のもの』を含むことを明確に表明された『合成粘結剤』が当初明細書の記載から自明であったとは言えない。」と判断したことは誤りといわなければならない。

(4)  「馴合液材」を記載した点について

審決の理由中、「馴合液材」が本件補正により初めて記載された文言であり、これが、「水」、「常温水」、「油など水以外のその他のもの」及び「水にポリオールエーテル粉を添加し、攪拌分散させた水溶液」であることは、原告らにおいて争わないところである。

しかるところ、当初明細書の発明の詳細な説明に、実施例として、「本発明の粘土においては、熱膨張性微小中空球を3~20部(重量部)、繊維粉を10~30部、カルボキシメチルセルロースを10~20部それぞれ粉末にして混合攪拌し、均一な粉末混合物とする。一方常温水50~60部にポリオールエーテル粉を3~8部添加し、攪拌分散させた水溶液を作り、前記粉末混合物に添加して混練する。・・・本発明の実施例では具体的に、熱膨張性微小中空球12部、パルプ繊維粉18部、カルボキシメチルセルロース粉12部の粉末を混合攪拌し、・・・別にポリオールエーテル粉5部を常温水53部に分散し、・・・上記粉末混合物に添加し混練して製造した。」との記載があることは、前示(1)のとおりであり、水については、さらに、当初明細書(甲第3号証添付)に、「水の添加量は50部未満では粘土が硬すぎて造形作業がしにくく、60部を越えると軟化して造形性が乏しく、さらに軽量化を達成できない。」(同号証添付明細書6頁3~5行)との記載がある。

これらの記載によれば、当初明細書に、「『水』、『常温水』、及び『常温水にポリオールエーテル粉を添加し、攪拌分散させた水溶液』の記載はある」(審決書10頁4~6行)ことのみならず、水(常温水)が、本件発明の粘土における唯一の液体成分として存在し、熱膨張性微小中空球、繊維粉、カルボキシメチルセルロース、ポリオールエーテル粉という液状でない成分を馴合させる(馴み合わせる)機能を果たして、粘土に柔軟性を与えていることが、当業者において、技術的に自明なこととして理解されるものと認められる。換言すれば、非液状成分を馴合させ、粘土としての柔軟性を与えるために、液体成分を要することは自明であり、本件発明において、水(常温水)は、そのような液体成分として、すなわち、「馴合液材」と称されてはいなかったにしても、そのように称することのできる成分として、当初明細書に具体的に記載されていたことが認められる。

ところで、特開昭60-53983号公報(甲第16号証)には、「ワックス、常温で液状又は半固体状で不乾性の動植物油又は鉱物油等の油分、HLBが10~15の非イオン界面活性剤および/又はアニオン界面活性剤、および焼石こうよりなる油ねんど組成物」(同号証特許請求の範囲)の発明が記載され、その発明の詳細な説明に、「この発明で用いられる常温で液状又は半固体状で不乾性の動植物油又は鉱物油としては、やし油、ひまし油、オリーブ油、ラノリン、流動パラフイン、ワセリン等が例示でき、さらにポリブテン等の合成油状物質があげられる・・・これらの油分は油ねんど組成物に柔軟性と延伸性を与えるもので、・・・油分が25部を越えると軟かくて形くずれしやすくなり4部より少ないと粘性が小さくかつもろくなる。」(同号証2頁左上欄7~18行)との記載があり、また、特開昭60-182478号公報(甲第17号証)には、「ワックス、常温で液状又は半固体状で不乾性の動植物油又は鉱物油等の油分、HLBが10~15の非イオン界面活性剤および/又はアニオン界面活性剤、焼石こう、潮解性およびアルコール可溶性の無機塩、および吸湿性ある常温液状の多価アルコールよりなる油ねんど組成物」(同号証特許請求の範囲)の発明が記載され、その発明の詳細な説明に、「常温で液状又は半固体状で不乾性の動植物油又は鉱物油」について、前示特開昭60-53983号公報(甲第16号証)の記載とほぼ同様の記載(甲第17号証2頁左上欄10~20行)があるところ、これらの記載によれば、当該各油粘土組成物の発明において、「常温で液状又は半固体状で不乾性の動植物油又は鉱物油等の油分」が、他の成分を馴合させ、粘土としての柔軟性を与える機能を有していること、すなわち、本件補正に係る明細書記載の馴合液材に当たる成分であることが理解される。

そうすると、本件特許の出願当時、本件補正に係る明細書記載の「馴合液材」に相当する成分として、粘土の製造に使用することができるものとしては、一般に、水以外に、少なくとも、やし油、ひまし油、オリーブ油、ラノリン、流動パラフイン、ワセリン等、あるいはポリブテン等の合成油状物質などの油成分があることは、当業者にとって周知の事項であったものと認められる。そして、前示(1)のとおり、本件発明の目的が、粘土の主成分として、シラスバルーンに代えて、熱可塑性重合体殻の熱膨張性微小中空球を用い、粘土の軽量化及び白色度の向上という効果を奏することにあることに鑑みれば、当業者が、当該「馴合液材」に当たるものとしては、水以外に、これら周知の油分も本件発明に適用することができると判断することは容易であって、「油など水以外のその他のもの」は、当初明細書に記載されていたと同視できるものであると認めることができる。

被告は、「馴合液材」として「油など水以外のその他のもの」が「軽量粘土」の技術分野において周知であったとすることはできないと主張するが、「軽量粘土」の技術分野なるものを考慮する余地がないこと、当業者が、馴合液材に当たるものとしては、水以外に、前示周知の油分も本件発明に適用することができると判断することが容易であって、「油など水以外のその他のもの」は、当初明細書に記載されていたと同視できるものであると認められることは前示のとおりであり、また、本件発明における軽量化という目的が、馴合液剤等によって影響されるとの主張が採用し難いことも前示のとおりである。

したがって、本件補正によって、本件明細書に「馴合液材」との記載をなし、水(常温水)の外に、「油など水以外のその他のもの」を含ましめたことが、明細書の要旨を変更するものということはできず、審決が、「当初明細書には、『馴合液材』に代わり得る文言も見当たらず、該当する物質として『水』、『常温水』、及び『常温水にポリオールエーテル粉を添加し、攪拌分散させた水溶液』の記載はあるが、『油など水以外のその他のもの』については示唆する記載もない。そして、従来、粘土に『油など水以外のその他のもの』を加えることが知られていたとしても、本件発明で特定される粘土にまでこれを加えることが当然のこととされていた訳ではないから、『油など水以外のその他のもの』を含む『馴合液材』が当初明細書の記載から自明であったとは言えない。」と判断したことも誤りである。

(5)  「添加物」を記載した点について

審決の理由中、「添加物」が本件補正により初めて記載された文言であり、これが、「香料や色素など」、「パルプ(繊維粉)」、「繊維粉」であること、当初明細書に、添加物として、「岩石粉」、「パルプ繊維紛」、「繊維粉」等の記載があることは、原告らにおいて争わないところである。

しかるところ、粘土の製造において、香料や色素などを添加することは、前示特開昭54-153826号公報(甲第9号証)に、染料、顔料を添加すること(同号証4頁左上欄3~11行、右上欄7~9行)が、前示特開昭57-130080号公報(甲第14号証)に、発色剤として塩化コバルトを混練することが、特開昭62-4347号公報(甲第10号証)に、染料、顔料を用いること(同号証4欄1行)が、特開昭61-102683号公報(甲第11号証)に、香料を吸着させた多孔性シリカ微粉末を配合すること(同号証特許請求の範囲)が、特開昭55-21350号公報(甲第12号証)に、染料を用いること(同号証3欄42行~4欄2行)が、それぞれ記載されていることに照らして、本件特許の出願当時、当業者にとって周知の事項であったものと認められる。そして、前示(1)のとおり、本件発明の目的が、粘土の主成分として、シラスバルーンに代えて、熱可塑性重合体殻の熱膨張性微小中空球を用い、粘土の軽量化及び白色度の向上という効果を奏することにあることに鑑みれば、当業者が、当該周知事項を本件発明に適用することができると判断することは容易であって(なお、粘土の白色度が高いことが、色素による着色の彩度を高めることは、技術常識といえるものである。)、「香料や色素などを添加すること」は、当初明細書に記載されていたと同視できるものであると認めることができる。

被告は、「軽量粘土」に「香料や色素など」を「添加物」として加えることが周知であったとする根拠はないと主張するが、「軽量粘土」に限定する必要がないことは前示のことより明らかであり、また、「香料や色素など」の添加物が、本件発明の目的・効果と無関係であると断定することもできないとの主張が採用し難いことも前示のとおりである。

したがって、本件補正によって、本件明細書に「添加物」との記載をなし、「岩石粉」、「パルプ繊維紛」、「繊維粉」の外に、「香料や色素など」を含ましめたことが、明細書の要旨を変更するものということはできず、審決が、「当初明細書には、添加される物質として・・・『香料や色素など』については示唆する記載もない。そして、従来、粘土に『香料や色素など』を加えることが知られていたとしても、本件発明で特定される粘土にまでこれを加えることが当然のこととされていた訳ではないから、『香料や色素など』を含む『添加物』が当初明細書の記載から自明であったとは言えない。」と判断したことも誤りであるといわざるを得ない。

(6)  軽量微小素材の粒径として「1~200ミクロン」を記載した点について

審決は、軽量微小素材の粒径の数値範囲が「1~200ミクロン」である点が、当初明細書に記載されておらず、当初明細書の記載から自明であったとはいえないとし(審決書12頁9~17行)、本件補正は、この点を理由としても、明細書の要旨を変更するものであるとする(同14頁17~19行)が、「粒径を1~200ミクロンとする点・・・は、第1回補正で明細書の発明の詳細な説明の欄に記載された」(同12頁18~20行)ものであり、審決は、この点を、本件特許出願の日を本件補正時である平成5年11月25日とみなすべきことの根拠としていないことが窺われ(同14頁19行~15頁1行の「本件発明の出願日は、上記①~③、及び⑥のなお書きから、第2回補正時の平成5年11月25日とみなすべきものである。」との判断に、④である粒径の数値範囲の記載の点が含まれていない。)、そうであれば、軽量微小素材の粒径として「1~200ミクロン」を記載した点が、要旨変更に当たるか否かは、結局、審決の結論に影響を及ぼすものではない。

(7)  以上のとおりであるから、本件補正が明細書の要旨を変更するものであって、本件特許出願の日を本件補正時である平成5年11月25日とみなすべきであるとした審決の判断は誤りである。

2  よって、原告らの請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 長沢幸男)

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